思い出の味

思い出の味#3 とあるメモについて

おばあちゃんの料理が好きだ。

美味しいか美味しくないかが判断できるようになるずっと前から、おばあちゃんの料理で育ってきた。
それは、「安心」を意味する料理であり、
「楽しい」を意味する料理であった。

なんてこともないうどんも美味しかったし、煮物も、素材のはじのほうまで味がしみていたし、
カニカマの入ったサラダだって、唐揚げだって、モツ煮だって、なんでも美味しかった。
何よりも、家族の誕生日には必ず、ちゃんとした莚で炊いた赤飯を作ってくれた。
炊飯器で作る赤飯とは全く別物だ。
自分の誕生日は、それが楽しみでしょうがなかった。

おばあちゃんは死んだ。
もう何年も前になるけど。
おじいちゃんが死んだ時よりも、その悲しみは種類が違う深さだった。
自分を受け入れてくれていた数少ない人間が、一人減った。
そして。もうあの味は食べられないのだ。

晩年は、可能な限り私の演奏を聴きにきてくれた。
演奏が終わった後も、そうでない普通の日も、
背中もほとんど曲がっているのにどういう訳か料理だけはできるようで、
お赤飯やたくさんのおかずを作って持たせてくれた。

私が音楽をやろうと決心した時も、大切だった人を連れて行った時も、
驚いたり否定したりせずに、いつも寛大に、そして”面白い”と思ってくれた。

口癖は、「やりたいなら、やんなさい。いいじゃない。」。
世界で数少ない、本当の味方だったのだ。

食器棚を整理していると、引き出しから数枚のメモが見つかった。
そのメモには、カツ丼や天丼、煮物やしょうが焼きのレシピが手書きで書いてあった。

故人の肉筆というのは、そこに彼女がいたことをありありと思い出させる。
きっとそのレシピから作られた食事は、何十年も前に、この家の食卓に並べられたのだろう。

試しに私もしょうが焼きのメモをみて作ってみようと思い立った。
しかし、とある問題に気が付いた。

材料しか書いてないのだ(!)

なので、手順は想像して作ってみた。

おばあちゃん、これで合ってる?
多分彼女はこう言うと思う。

「なんでも火にかけて放っておけばいいのよ。」

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